あがるとか自信がないとか
よく、あがるのは、集中力が不足しているとか。練習不足だとか。そういうことをいう方がいます。
それは、そのとおりだと思います。
自信がない、というのも同じ。
私自身、あまり仕事であがったり、自信がない、というのは経験がありません。まぁ、たしかに、そういうことはあったとしても、それを補う蓄積と、自分自身を信じて、という気持ちにならざるをえないのが、仕事という場面でもあります。
が…
趣味の場面では、これが極端。
それ、果たして練習不足だけなのか。
経験的に、練習を沢山したと自信をもっていえることの本番ほどあがるものはありません。むしろ、少しいい加減に、気楽に望んできたものの方が気持ちの上ではすっきりいける。、というのが、今までの経験から感じることです。
そういえば、高校のクラブ活動はゴルフ部でした。関東大会予選は、ブロック7位で予選を通過して、本戦にいくことができました。が、本戦では76位。(昔のことなのであまりよくおぼえていませんが)80数人が参加して、60位までが全国大会にいける場面で、そんな成績でした。
そのときに周りに言われたのは、予選は「ダメ元」で望んだから、本戦は「色気が出た」んだろうと。
たしかに、これは自分では否定できません。当時の自分の実力的には、順当にいくと、予選通過はちょっと厳しいところでした。それがたまたまブロック7位で通過してしまいましたから、色気が出るのも当然。実際、2ラウンドで本戦はやりますが、1ホール目で大たたきしまして、それを挽回しなければ…という悪循環で1.5ラウンド。それでも最後のハーフ(9ホール)を、当時の自分の平均的なスコアよりも1つ上回ると通過できるか、というところまでこじつけていました。ですが、そんな中だから、最後の9ホールは不本意な成績で、その結果が上記のとおり。
すごく心理的なスポーツ、というのもたしかにありますけれど。そんなものなのかな、と。
今は趣味として続けているのは合唱ですが、どうもこれと同じ傾向は恒につきまといます。
そもそも「歌う」という行為は、振り返ってみると、小学校1年生から、人前で歌を歌うとなれば、その瞬間から次が見えなくなるほど、あがりまくって何がなんだかわからなくなるシロモノでした。何を血迷ったのか、合唱団に誘われて…そう、そんなでも歌は好きでしたから喜んで参加し、そして、大勢の中の一人として歌うならば、少しは緊張もほぐれるのか、というところに楽しさも感じて。
でも、一所懸命やったそれほど、本番はダメなんですね…。
ダメ、ということが区別できる、認識できるだけ練習したあかしなのかもしれません。いい加減にやっていれば、結果は気にならないし、結果がよいのかわるいのかも判断できない、ともいえるでしょうから。
今月末と来月頭に2度の本番があります。そんな中なので、この時期にこんなことを振り返っているのですけれど。
でも、音楽は少なくとも楽しまないといけませんね。
たぶん、先生はおぼえていらっしゃらないと思いますが、私の音楽に対する考え方や姿勢を教えられた一言は、小学校4年生のときの音楽の先生の一言でした。子どもながらに衝撃的な。
なのに、こんなことを振り返っているようでは、まだまだそれを実現できていません。
さて、日記の最後で。
楽しむこと。これほど実はむずかしいことはない、と、音楽、趣味に限らず、すべてのことにこれを感じ、ハードルなのか壁なのか。そういうものを思うこのごろです。
ちなみに
1/29 前橋市文化会館 (15時過ぎが出番)
群馬県声楽アンサンブルコンテスト
http://www.chorpark.net/dp/diary.cgi?no=28
2/5 文京シビックホール 14:00開演
第18回リヒトクライス演奏会(第二ステージ「心の四季」)
http://www.coro-sophia.org/licht2012.html
が、上述の2つの本番です。ご興味のある方はお運びください。私がどうであっても、どちらもなかなかな企画です。
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