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2014年 10月 20日 (月)

ひさびさの歌ネタ。2つの「島」に向けて漂流中


6月の定期演奏会をおえて、今年は合唱祭欠場のため、次の機会は11月の合唱団コールパーク。合唱祭欠場は残念ではありますが、団員の4名が、群馬交響楽団合唱団の団員をかねていて、合唱祭と群馬交響楽団合唱団の本番の日と見事に重なってしまったため。30人くらいの団体ならば4人くらい出られなくてもなんとかなるが、もともと14名の団体で4名は致命的です。

11月には、今や日本一の人気作曲家、信長貴富先生の編曲による「島唄」と、20世紀最大の日本が誇る武満徹先生作曲の「島よ」の2曲で、今年から男女共同になった高崎市民音楽祭(高崎市民音楽連盟主催)に参加予定。

で、この時期になると、歌そのものへの関心がなんとなく高まってくるのが私のパターンなんですが、実のところ、この2曲はどうも気分が乗ってこない。とはいえ、あーでもないこーでもないと理屈をこねているうちに、愛着があいてくるかな、という意味での備忘録。

島唄

最初の前奏の最後、なんでベースにファルセットでGを出させるのか。
youtube という便利なものがあって、いろんなアマチュアの演奏も聞けるけれど、やはりこれは、女声6部のイメージできっと編曲しているのだろう。というのが現時点での私の印象。

信長さんのアカペラって、妙にあるパートが残り、それがすごく印象的(いいと思うこともあるし、邪魔だと思うこともある)だけれども、これもよくよく楽譜を見てみるとそういうところがいくつも。それが歌っていて感じられないのだからまだまだだなーとも反省。

そして、余計な音を使いすぎるというのがこの方の作品があまり好きになれない。すなわち、もちろんイイ悪いとかでもないし、多数派の好み(=人気作品)と自分の好みがあわないところなのだろうけれど、もっとシンプルに行って欲しい。というのが私の好み(気分にもよるけれど、有名なバードの3つのミサなど、3声が一番しっくりくるというのが私の好み。あれほと無駄というか、最小限度しかし必要なところは抑えているシンプルな音作りはないと思う。が、まぁ、たしかに音楽としては四声の方が面白いとは思いますが)。
たとえば、聞き手のイメージをふくらませて‥逆にいうと、聞いていてイメージが膨らんできそうなときに、押し付けがましくいろんな音がガチャガチャ入ってくる。ちなみにこの場合の「音」とは、音そのもののときもあるし、想定外の和音のときもあります。和音の場合、それがあとから振り返ると、そのトリッキーさが面白いこともあるのにはあるのですが‥そして、やはり、この作品もそういうところが多いなーと、いう印象。

ところで、b.o.の前奏とラストは何をイメージしているのか。風? 波? それによってもここの歌い方はずいぶんかわってくるだろうな。

島唄そのものは、作詞家も、恋の歌にかけた戦争を描いたということをいっているそうだし、まぁ、たしかにそういう内容だと思った方が、面白い詞だと思います。だけれども、本土への批判とか、戦争に対する沖縄の方々の日本への恨み辛みというよりは、沖縄の悲劇を無駄にしないで、平和を維持して欲しい、というくらいのニュアンスの歌なんでしょうか。

島へ

これこそ、恋愛の歌? テーマがいまだに見えてきていない、というのが実のところ。練習はじめてもう2か月なのに。

さすが武満先生、という絶妙なところは、わからないなりに感じて、歌っていては面白いのですが、テノールは超絶すぎる音です。よって、まだ楽しめるに至っていません。

これまたyoutube で、ソプラノ独唱版をきくことができました。解説を読むと、合唱曲として最初から作られたわけではないことはわかるので、一度合唱版ではないものを聞いてみたいと思っていたので、これにめぐりあったのは幸いでした。「うた」という曲集のコンセプトとしても、やはり合唱版ではないこれをスタートに考えた方がわかりやすい作品のように思います。

これも、特にテノールの超絶ぶりが出てくる前奏の意味が今一つ、いや、まったくわかっていない。こういう歌詞がないところは、その意味がわからないで歌っていると、きっと聞き手にはつまらなく聞こえるだろうから、ここはなんとかしたいのですが‥

この曲もいくつかのyoutubeの演奏をききましたが、結構、各団体で個性が出ています。このあたり、クラッシックでもなく、という作曲者の意図とおりというのか。ただ、個人的には、あまりフレーズを明確に区切るのはどうかな、という印象。いや、フレームを大きくとっていった方が歌詞が伝わるような気がします。もちろん、その方がより難しいのですが。

ところで、テノールは2つに分かれますが、そもそもコールパークは、現在テノールが二人。分れるところは全部ソロ状態ですが、あらためて、もともとソロとそうではないソロ(って、なんとわかりづらい表現)は違うなー、と実感しています。9小節目のテノールソロの部分をいっているわけですが、どうせずっと一人で歌っているとしても、ここはテノールの上パートとしての一人ではなく、やはりソロなんだな、という意味(そういえば、このG、E、Cis、C、Bの音型も何をイメージしているんだろう‥)と、アルトが18小節など、フレーズの合間でなんどか動いて歌いますが、これらはソロではない。こことの対比が、「もともとソロとそうではないソロ」の違いを感じる2箇所。あ、9小節目は、私が担当なので、こんなことを考えている次第。

ソプラノ独唱版をきいても、歌っていても、20小節目のいかにも8分の12って感じのところが、実は好きだったり。

というくらいに、まだ、まったくまとまらない段階です。

T R A C K B A C K
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